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打ち水のココロ【打ち水大作戦in本庄】

打ち水大作戦2008先日、本庄の駅前通り行われた、打ち水大作戦2008in本庄。「何だよ、水撒くのかよ」といった軽い気持ちで迎えましたが、思いのほか、というか非常に心地よい印象が残りました。

もちろん、自宅の目の前だったので身近だった、という部分もあるかもしれませんが、ほかにも、“心地よさ”につながった隠れた要素があるように思いました。
今回の打ち水大作戦2008in本庄では、本庄市の水質管理センター(下水処理場)で処理した水を、市が積極的に提供しました。この水を、散水車に入れたり、市の軽トラックに積んだポリボックスからペットボトルやバケツに汲み置いたりして、相当量の水があらかじめ用意されていました。

撒く水がたくさんあれば、打ち水としての絶対的な効果が得られる

つまり、打ち水イベントとしての絶対的な成果(=涼をとる)が確保しやすくなるということです。

これに、残り湯やとぎ汁などの2次水を利用するという、打ち水大作戦の基本ルールから、ただ川に放流しているだけの公共下水道の処理水を使うことを、無理なく合わせています。実際、下水や公共施設の処理水を打ち水に利用することは、2005年に行われた愛・地球博をはじめとして、全国各地で行われていますので、定石といえば定石ですが。

そこから、せっかくなので下水の処理水を使いますよというPR、されには駅通り周辺の下水道接続へのアナウンス(30年ほど経ちますが、まだ2割が未接続なんだそうです)、これらが自然と盛り込まれるべきニュアンスとして派生したのでしょう。読まれるか読まれないか判らない回覧よりも、その効果は多少マシかもしれません。

ともあれ、こういった配慮が功を奏し、私の体感で夕涼み並み(先日の記事)の効果が得られたのではないかと思います。市民が持ち寄る残り水だけでは、まさに“焼け石に水”だったでしょうから。

さらに、オフィシャルサイト(Uchimizu.jp)でも触れられていますが、打ち水という日本古来のこの行為そのものが、失われつつある地域コミュニティの呼び水になるのかもしれない、ということを今回実感しました。もちろん、定期的に(なかば強制的に)打ち水をしましょうということではなしに。それはコミュニティ衰退への片道切符です。「ああ、こういうのっていいもんだよね」と、各々が感じることで、“何か”が自然に共有されていくものだと思っています。

ところで、そもそもイベントはそれなりに成功させることが第一です。その成否で、投じた人的あるいは金銭的なコストが無駄なのか価値を生んだのかが左右されてしまいます。そのために、企画の段階からあれこれ“仕込み”を講じるわけです。当たり前のようなことですが、市民レベルのイベントではこのあたりが意外と徹底されていないように感じることが多々あります。いわゆる“内輪”な盛り上がりです。主催者にとっては相対的に精一杯だとしても、来場者はそれなりに絶対的な体験を求めますから。エゴ無きムーブメントをどこまで徹底できるかという基本的な部分で、なかなか民は追いつけない気がします。

とにかく、このイベント、このテイストを保ったまま、無理なく続いていってほしいものです。

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関連リンク
打ち水大作戦 公式サイト http://www.uchimizu.jp/
本庄市公式サイトでの記事 http://www.city.honjo.lg.jp/topics/event/e080715_1.html
カテゴリ:[興味を持ったコト]打ち水大作戦, comments(0), trackbacks(0)
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